作詩家もどき、下尾友信(シモオトモノブ)のブログです。

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2017年10月24日

【コラムもどき】衆院選小選挙区、自民は福岡全勝・佐賀全敗

今回の衆議院選、転出・転入手続きのタイミング上、
実家の佐賀2区、一人暮らし中の福岡2区どちらの選挙人名簿にも載れず、
投票できないという悔しい事態になりましたが、
自民が小選挙区において福岡県は11区もあるのに全勝、
佐賀県は2区だけだが全敗という結果に、
色々と考えさせられました。


福岡2区に住んで約1年になりましたが、
なかなかご当地の政治事情は学ばないままいました。

安倍一強の政権運営を問う重要なタイミングでの選挙で自民全勝なんて福岡何してくれたんだとも思いましたが、
当選した顔ぶれや23日付各紙の福岡地域面などを目を通したあたりやむをえない面々なんだなと。
福岡2区自民・鬼木氏のPM2.5対策への取り組みを始め、
自民候補たちが積み上げてきた実績は福岡の躍進と直結しているなと。

ただ、僕自身福岡での活力を見出したのは福岡発エンターテインメントの可能性に魅力を感じたから。
福岡独特の立地や個性を生かして東京発とはまた違う独特のチカラを見出していくことに僕も少しでも関われないかと思ったからです。
でもこの福岡の勢いも自民の力、現政権の力にしがみつかないと保てていけないのだろうかと思うとどこまでも福岡はただの「地方」だなあと何か虚しさを感じました。

ただ小選挙区各区の得票数を見てみるとやはり野党共闘が広められなかったところに勿体なさは感じます。
特に福岡9区は共産・真島氏、希望・緒方氏、自民・三原氏の対決で三原氏が制しましたが、
その得票数のバランスは同じ面々で争った前回衆院選とそれほど大きく変わったとは感じません。
くしくも緒方氏は民進党県連代表。
もしも話の流れがこのようにはならず野党共闘が実現していれば番狂わせもあったかもしれません。
福岡10区は加計問題などを背負う自民・山本氏が勝てるのか日本全国が厳しい目を向けた選挙区。
山本氏と希望・城井氏との差は約7,000票と本当に接戦でした。

そして福岡2区。
僕は希望・稲富氏のことについてよく知らず民進から希望に移ったというだけで冷めた目を向けてましたが、
地元で駆け回り続けた熱意、そして愛されぶりを見ていると、
なるほど稲富氏自身への期待感あってこそ約8,000票の接戦まで持ち込めたのだなぁと。
そして稲富氏は希望の党で比例復活当選。
今後どうなっていくか見守りたいと思います。


それに対して保守王国と言われる佐賀は小選挙区2区とも非自民・元民進が勝利と番狂わせ。
小選挙区が2つの県は福井・徳島・島根・鳥取で自民に全敗。
山梨1区は元民進県連代表の無所属・中島氏、
高知2区は野党共闘の無所属・広田氏が歴史的な勝利をもぎとったものの、
非自民全勝は佐賀だけです。

佐賀1区は原口氏、希望の党公認予定だったものの公示3日前に無所属立候補を表明。
野党共闘も実現させましたがもともと前回の衆院選小選挙区も勝利したお方。
佐賀市でも鳥栖市でも堂々と勝利しひと安心の成果でした。

注目が佐賀2区大串氏。
前回の衆院選でも自民・古川氏と約30,000票差での敗戦ならそれほど弱いわけではない。
でも実際唐津に住んでいると本当に古川氏一色ムードが常にある。
そんな中で今回古川氏はより南部の支持を固めたかったのか大串氏と同じ武雄市に事務所を移転。
対して大串氏は希望の党公認に身を移しながら、
「限定的な集団的自衛権を含む安保法制は容認しません」と明確に掲げた点がどのように評価されるか未知数に思えました。

唐津市が離島からの投票箱が移送できないとして開票を翌日に延期したため当日中には当確が出せず、
注目の武雄市は大串氏が辛勝。
多久市・鹿島市・小城市・嬉野市などでは大串氏圧勝で当日を締めくくれたものの、
やはりどうせ唐津市の勢いで古川氏が逆転するんだろうなと思ってました。

ところが翌日確かに古川氏が唐津市を圧勝しましたが大串氏には約6,000票及ばなかった。
大串氏の小選挙区での勝利は2009年以来2回目。
そしてFBSによれば出口調査で自民党支持者の27%、公明党支持者の30%から票を取り込んだとのことです。


なぜ福岡で自民全勝で佐賀は全敗となったのか。
ふとすぐに思い当たることは、
現政権のポジティブな面の恩恵を受けているのが福岡だとすれば、
オスプレイ・原発再稼働・農協改革・諫早湾干拓問題といったネガティブな面を負わされているのが佐賀なんだろうなと。
その佐賀のネガティブな面に対しての批判を表明するに際して、
原口氏と大串氏は信頼に値する国会議員とされたのだろうと。
必ずしももう地方だから何もかも自民という時代ではないんだと。
信頼できる野党議員がいれば堂々と地方もNoを突きつけられるんだと。


今回の選挙結果から改めて自分は地域コミュニティとどう向き合っていきたいのか。
地域コミュニティのどのようなところを好きになって、
どのような成長や課題解決を期待したくて、
それにあたってどのように政治がかかわっていて、
どのように自分の投票行動に表していくべきなのか。
それをしっかりと考えておく必要性を思い知りました。
再来年の参院選はまだ遠く思えますが、
うかうかしてたらあっという間にやってきてしまうものかもしれません。
この文章を書きながら考えたことを今後の宿題として大切にしていきたいと思います。

ものすごくダラダラした長文になって申し訳ありません。
備忘録も兼ねたいということでお許しを。
あとご指導についてはお手柔らかに(>_<)
posted by ともクン at 05:08| 大阪 | Comment(0) | コラムもどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

【コラムもどき】衆議院選挙投票する資格なかった。

本日は衆議院選挙投票日、
残りあと1時間ちょっと。
台風の中たいへんですが、
皆さん行かれましたか?

全部自分が悪いとはいえ、
今回の選挙である意味一番学んだことは、
・ついた嘘は最後まで突き通せ
・貫けない嘘など最初からつくな
・途中でマジメに素直に事実を報告し直しても情状酌量なんてない
って風にしか思えません。

昨年10月から始めた独り暮らしは状況が不安定で継続の見通しがハッキリしなかったし、
実家は転居してないのだから住民票移してませんでした。
ただ住民税は実際の居住自治体で納めると知らなくて、
納税通知書届いてて焦って、
住民票と住民税納付先が異なるのは非常にまずいのかと思うようになりました。
加えて自立支援も更新の時期が来たので、
実家のままで更新するか、
福岡市に住民票を移してから更新するか悩んだあげく8月アタマに住民票移すことを決めました。
その際転出・転入日は書類を出した日を記入しても良かったのかもしれないけど、
僕は正直に昨年の10月の日付で出しました。
そうしたらこの事態です。

選挙人名簿は7月時点での情報で作られたのに、
転出届を出したことで実は7月にいなかったと後からわかってわざわざ実家の選挙人名簿から削除されました。
でも転入届は完全に提出日だけで扱われるので、
7月時点で後から住んでいたことがわかっても、
もう福岡市に3ヶ月以上住んでいたことが後からわかっても
選挙人名簿には加えてもらえません。

削除の基準と登録の基準の相違。
制度上やむを得ない、
届けない自分が悪いといくら言い聞かせても、
やっぱり全く腑に落ちません。
告示日よりも前に気づいていれば異議申し立てできたのでしょうか?
届け出日と転出・転入日を正直に相違させず同じにしていたら、
今頃実家で投票できていたんでしょうか。

それにもうひとつ住民票移す決めた材料になったのは安倍さんが内閣改造をしたからでした。
立派に「仕事人内閣」と名打っていたので、
秋の国会まで立派に仕事していただいて以前のように12月以降解散になれば、
まだ福岡での投票に間に合う、
この機会に福岡市民になる覚悟を今一度しっかりと誓おうと思い住民票を移しました。
いつも全く安倍さんのこと一斉信用してないのに、
この時だけ都合よく信じてしまい、
思いっきり裏切られました。

昨日友達と飲んだとき投票できない旨の話をしたら、
まぁ「仕方ないよねー」と言われつつも、
「でもあんなに投票率向上向上言ってるのに、
こういう細かいことで投票が出来なくなるっておかしくない?」って言ってもらえました。
転出・転入届を出したからって比例九州ブロックの中からは一斉離れていないのは明確だから、
せめて比例と最高裁審査だけでも投票できなかったのか。

こんないつ起こるか解らない選挙なんて衆議院くらいだと思いますが、
日本国民でも投票出来なくなるケースが様々あること。
改めて認識が広まればいいなぁと思います。

切実にやりきれない。
posted by ともクン at 18:15| 大阪 ☔| Comment(0) | コラムもどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

【コラムもどき】 東日本大震災から5年

東日本大震災が発生してからもう5年になりました。

以前も書いた気がしましたが、
5年前の今頃は某スポーツ新聞の公営競技面でアルバイトしていました。
まだ勤め始めて3ヶ月ほどの新人。
憧れていた仕事に携われる喜びで楽しかった時期でした。

新聞編集部ですから当然沢山のテレビがあり常に様々なチャンネルの映像を流し続けています。

大阪市内の立派なオフィスビル。
14時46分、
不思議な揺れを感じて部署名を示す吊札がゆっくり揺れました。
誰もが近くでちょっとした地震が起きたのだと思っていたと思いますが、
あらゆるテレビが鳴らした緊急地震情報の対象は東日本でした。

そしてまもなく、
それぞれのテレビがそれぞれのチャンネルを通して流した衝撃的な映像の数々。
釘付けになりたい想いを抑えて仕事に励みましたが、
誰もが動揺を隠せず、
映像が切り替わる度にざわめきが起きました。

自分自身について言わせていただければ、
ボートレースと競輪が一斉に開催を自粛し、
掲載するレースもないまま、
公営競技に関わる被災の最新状況や、
選手たちのチャリティー活動報告などで紙面をつなぐ異例な日々。
開催再開後もしばらくは、
あらゆる全てのレースのタイトル名に、
「被災地支援」と付記されることになり、
震災前の「被災地支援」の文字がない頃の紙面を見るたびに、
何もかもが変わってしまったと複雑な想いになりました。

今年の東日本大震災にまつわる特番では、
福島第一原発事故について取り上げた番組が多い気がするのですが、
そうした番組で、
あのメルトダウンを起こして爆発する様子を目にして、
当時ニュースで観ていた時の衝撃がよみがえると同時に、
こうした一連の衝撃的な感覚、
そこから感じていたものが、
もうすっかり日常生活の自分からは抜け落ちてることに気づかされました。
原発再稼働についてちょっと考えてみることはありますが、
その材料の中にあの爆発を目にした衝撃は入っていないような気がします。
先日ニュースウォッチ9で複合被災の問題が取り上げられ、
福島第一原発周辺の立ち入り制限区域の中には、
制限区域がゆえに捜索の手が不十分で、
未だ5年前のまま取り残されてしまっている方々もいらっしゃると知った時、
考えてみればそのような事態は生じているに違いないはずなのに、
その事態が生じているだろうと案ずる想像力が自分には無かったことに情けなくなりました。

震災が起きたことはずっと忘れていないはずなのに、
自分が思う以上に自分の中では風化してしまってるんですね。

結局いまだに自分の足で被災地に出向いたことはなく、
テレビを通してでしか見ることができていません。
昨年あたりになってくると、
今さら被災地に出向いてもあまり意味がないんじゃないかって思ってしまったりもしてました。

でも、きっとそんなはずはないですよね。
テレビの前で想像しているよりもずっと復興は進んでない現状があるでしょうし、
順調に復興が進んでいる場所だからこそ身に感じてみたいこともあると思います。

人けのない国道6号線を走る常磐線代行バス、
いよいよ新しい町づくりを待ち構える陸前高田の更地、
活性化の拠点として生まれ変わった女川駅・・・。

他にもこの身体と瞳で訪ねて目にしたいものは沢山あります。

安易な観光感覚で被災地を訪ねることには賛否あると思いますが、
やはりそこから始まることってあるはずだって思いたいです。

昨年まではお恥ずかしながら無職で、
自宅でディスプレイに何処かしらの式を映して共に黙祷を捧げていましたが、
今月からようやく新しい仕事に就けて、
新人研修ルームで一人こっそり14時46分に黙祷しました。
(たまたま小休憩と重なったのである意味堂々とできた)

来年の3月11日14時46分には僕は何をしてるんでしょうか。

何の意味も持たないままかもしれませんが、
これからも自分なりにあの震災の衝撃を胸に歩んでいきたいと思います。

うん、そうさせてください。

精一杯の祈りとお見舞いと励ましの気持ちを笑顔にこめて。
posted by ともクン at 18:49| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コラムもどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする